Motoki's帳面

考えを整理して置いておく場所です。

エターナルサンシャイン

久しぶりにエターナルサンシャインを観ました。

 


エターナルサンシャイン Eternal Sunshine of the Spotless Mind 2004

 

ジムキャリーが演じる気弱な男と、ケイトウィンストンが演じる自由奔放な女。二人は惹かれあって付き合い始めますが、次第にお互いの欠点に目が行くようになり、彼女は息苦しくなり、彼は我慢が出来なくなり、記憶を消して別れを選びます。

しかし、そんな二人が最後に言った言葉が、頭に残りました。

出会い、付き合い始めようとしていた二人は、実は過去にお互いに、お互いを嫌いになり、お互いの記憶を消したということがわかった後に、彼女は「また同じことの繰り返しよ。あなたは我慢が出来なくなり、私は息苦しくなる」と言います。未来を見越して、今、別れを選ぼうというのです。それに対して彼は「それでいいよ」と言いました。何度嫌いになっても、何度別れても、それでもずっと一緒にいたいと言ったのです。

 

 

僕は、僕たちもこうして一緒にいるという選択もあったのかもしれないと思いました。

なぜ、こんなことを思うのでしょうか。

なぜ、彼女が忘れられないのでしょうか。

なぜなのでしょうか。

なぜなのでしょうか。

僕は、まだ彼女が好きだから、忘れられないのだと思います。

でも、好きだけじゃ、家庭は作れないと思い、離婚を決意しました。

家庭とは、妻がいて、僕がいて、子供がいて、お互いの実家の家族がいて、親戚がいて、友達がいて、そうした人達を大切にして、居心地の良い場所を作っていき、「自分が帰る場所」になる、そんなイメージができる場所であってほしいと思います。

 

おそらく彼女は、「家庭を築く」ことに、あまり興味がありませんでした。

僕とただ毎日を楽しく生きていけたら、それでいいと思っていたのではないかと思います。

毎日食事を作ったり、家事を分担して時間を節約したり、家の購入など、二人で共通の目標を持って貯金したり、お互いの足りない部分を補い合い、助け合って生きて行くといった、「家庭」を作ることに対して、興味がありませんでした。

僕は、彼女と二人で「家庭」が作りたかったのですが、彼女は、とりあえずは僕と二人で楽しく暮らせたらそれでいい、と思っていたのだと思います。

 

自由奔放で、常識にとらわれない彼女が好きでした。

世の中のことを知らない彼女を、これから一人にさせることが、不安です。

しかし、僕は「家庭」を作るために、彼女と別れる決意をしました。

彼女の今後を心配する権利は、僕には一切ありません。

もしも離婚しなかったとして、彼女のことをあれこれ心配し、アドバイスしたとしても、彼女は、僕の気持ちを汲んでくれることはないと思います。「自分の好きなように選択する」というのが、彼女の選択の基準であり、「彼女の選択の傾向(様々なことの選択基準)」は、僕のそれとは大きく離れていました。

 

これで、良かった、そう思いたいです。

それなのに、これで良かったのか?と自分を疑ってしまいます。それが辛いです。

それは、僕がした離婚という選択が、良かったのか、悪かったのか、わからないからだと思います。そして、彼女の人生に、悪い影響を与えてしまったという罪悪感があるからです。

離婚から、次の幸せに向けたプランができていないから、なのかもしれません。

何となく構想しているプランを、実行に移していないので、ただ単に不安になっているだけかもしれません。

 

これから僕は、「悲しみや苦しみなどの痛みを伴う決断をした際の、立ち直り方」を学んでいきたいと思います。

 

時間薬とは、よく聞きますが、僕の心はそれだけで耐えられるほど、強くはないと思います。(自分を責めて、辛くなってしまいます。)

 

友人に相談したり、カウセンリングに通うなどして、ゆっくりと自分の心の傷と、向き合っていきたいと思います。