Motoki's帳面

考えを整理して置いておく場所です。

ネガティブフィルター④

「友達が少ないし、その友達も既婚で遊び相手になってくれないので、心の拠り所が少ないこと」

 

友達とは、たとえ数年間連絡を取ることがなくても、その人を幸せにしたいと心から願えたり、その人の存在そのものが愛おしく、嬉しく、幸せに感じられる関係だと思います。だから、僕は一人でも、一人ではありません。僕の心には、いつも数人の友達がいます。人数は少ないですが、それもいいです。それでいいです。

また、僕には、僕という心があります。昔、どこかで聞いたた言葉に「どこに行っても、自分とは一緒」という言葉があります。自己完結型の人生を歩めばいいと言っているのではなく、僕の一番の親友は、やはり僕でありたいと思うのです。僕を幸せにできるのは、やはり僕だと思うのです。ですから、たとえ、年老いて家族と死に別れ、友達が自分より先に死んで一人きりになってしまったとしても、「僕」という友達は、僕が死ぬまで一緒にいます。それも、頭には家族や友達との思い出をしまったままです。いつでも思い出は取り出して、その時に戻ることができます。そして、「僕」は、僕に小さな幸わせをたくさんプレゼントしてくれます。そして、僕は一人でも幸せに生きていけるようになるのでしょう。心の拠り所とは、家族や友達なのかもしれません。しかし、最終的には、「自分」が自分の心の拠り所になる必要があるのではないでしょうか。僕自身が、「僕」の親友になることができれば、僕は、どこにいても、誰と居ても、何をしていても、ずっと幸せです。そんな僕になれたら、きっと家族や友達のことを今よりもっと大切にできますし、「心の拠り所」が家族から複数の友達へと、どんどんと広がっていくでしょう。

しかし、今の僕は、いますぐ自分が「自分」の親友になれるほど、成熟していません。努力中です。その努力の最中で、壁にぶち当たった時、家族や、少数の友人に話しを聞いてもらっています。そのひとたちに感謝して、大切にしていくべきだと強く思います。

 

①最終目標は、心の拠り所は「自分」になるべき。

②しかし、家族や友達も大切。くじけそうになった時の心の支えになってくれる。

③家族や友達を大切することで、努力を継続することが容易になり、努力の先に、最終目標(心の拠り所は「自分」)を達成する。